INTERVIEW & NEWS

宮崎県新富町で昭和47年から大根一筋で“たくあん”作りをし、国内だけでなく世界中にファンを持つキムラ漬物宮崎工業株式会社。代表取締役社長の木村昭彦さんが大切にしている仕事のモットーや、感じている新富町のよさとは。

国内トップクラスの生産地

—キムラ漬物宮崎工業では、どのようなことをしているのですか?

木村:たくあんの原料となる干し大根を仕入れて、製造・販売を行なっています。

もともとは愛知県の祖父が設立した会社がルーツなのですが、その中の原料加工部門として昭和47年にこの会社が設立。

愛知の会社は兄が引き継いでいて、私は平成9年に叔父夫婦がいるこの会社に入り、平成25年4月に引き継ぎました。

—なぜ宮崎を選んだのですか?

木村:父から聞いた話では、宮崎は全国的にも干し大根ができる気候で、その生産が盛んだということ。

愛知県で干し大根を仕入れることはいずれ困難になると予想し、ちょうど新富町が企業誘致をしていたというタイミングで宮崎の会社を立ち上げたそうです。

何でも揃う町で抱える課題

—新富町で生活するようになって気づけた地域の良さはありますか?

木村:ないものを探す方が大変なほど、何でも揃っているという点ではないでしょうか?

海・山・川など自然はもちろん、野菜やお肉、飲食店や温泉・宿泊施設など本当に何でもある。
テレビのチャンネルが民放2チャンネルしかないこと以外は(笑)

全て新富町で揃うということが生活してみて感じたメリットですね。

—確かに新富町には何でもあるというイメージがありますね。逆に課題などはありますか?

木村:仕事をする上で、どの企業も同じでしょうが人手不足や材料不足など多くの課題を抱えているのは事実です。

宮崎に来て一番に感じるのは、商品の納期。

愛知県は日本のちょうど真ん中くらいに位置するので、東京や大阪に発送しても翌日には納品できますが、宮崎ですと東京の場合最短で翌々日になるのです。

Amazonさんの即日発送サービスなどが一般的になっている昨今で、納期の遅さというのは今後も課題になると思います。

 

商品を売るのではなく、ストーリーを伝える

—それらの課題を解消するためには、どのような工夫が必要だと思いますか?

木村:納期に時間がかかるので、例えば事前にまとめて注文していただくようお願いをしておくなど、出来ないなりに工夫をしています。

また、私たちは商品のストーリー性を非常に大切にしています。

干し大根を作る農家さんたちの努力がなければ、たくあんを作ることはできません。

農家さん達にスポットライトを当てて、お客様に伝えることで、たくあん1本にどれだけの想いが込められているのかを知ってもらうことが私たち製造・販売をする人間のつとめだと思っています。

海外のスーパーで売り場に立つこともあるのですが、そこでもストーリーを大切にしてお客様に「まず知ってもらう」を一番に考えています。

世界に通用するたくあんを目指して

—多くの方の想いが込められているのですね。海外での反応はどうですか?

木村:現在、主に北米とアジアに輸出をしているのですが、改めて日本食に対する関心の高さがうかがえます。

そこで、世界に通用する商品を作ろうと、いま新たな商品の開発を進めています。

—世界に通用する商品とはどのようなものですか?

木村:国によって使用できる調味料が異なるという課題があります。
ですので、どこの国でも対応できるようにするには、無添加が基本。

国内で流通するものはこれまで通りで良いのですが、輸出を視野に入れた商品は無添加にこだわって製造しています。

11人で複数のスキルを持ち合わせる人材

—今後はどのような展開をしていきたいですか?

木村:もっと直販に力を入れたいですめ。

事務所内の応接室を店舗にする計画があります。ネット販売も始めていきたいところ。

そのためにも、販売戦略や企画が立てられるデザイナーさんが社内にいてくれるとありがたいですね。

—マーケティングに長けたデザイナーさんですか?

木村:はい。

1人が1つの機能しか果たせないのでは、会社を存続させることはできません。
経営・営業・製造・機械の修理など、ここでは1人が何役も担います。
2つ以上のスキルを持っている人が理想ですね。

もっというと、何でもできる人がよいのですが(笑)

—オールラウンドプレイヤーということですか?

木村:そうですね!

あとは、農家さんの想いをしっかりと伝えることを大切にして欲しいですね。

何度もいうように、私たちの仕事は干し大根の農家さんがいなくてはできません。
農家さんの苦労や努力を理解した上で、ストーリーをお客様に伝えてもらいたいのです。

家族の想いが込められた干し大根

—例えば、どのようなストーリーがあるのですか?

木村:干し大根は11月下旬から2月中旬にかけて生産されます。

畑にやぐらを組んで大根を干すのですが、いつも天候に恵まれることはありません。雨が降る日があれば、寒い日もある。

雨が降ればやぐらにシートをかけて大根が濡れないようにしますし、寒い夜はシートをかけたやぐらにストーブを置いて夜通しで管理。

また、干し大根のシーズンは、ちょうど忘年会や新年会とも重なる多忙な時期なのですが、家族経営の農家さんが多い中で、夫婦で一緒にやぐらで夜な夜な作業をすることもめずらしくありません。

そんな農家さんの苦労を知ったからこそ、農家さんが手塩に掛けた干し大根のストーリーをしっかり伝えていきたい。

商品を売るのではなく、商品に込められた想いを伝え、知ってもらうということが最も重要なのです。

成功の秘訣は人との繋がり

—たくあんそのもの以上に、農家さんに対する想いを強く感じます。

木村:だってそうですもん。

グループが創業してからの67年が経ちますが、私たちが仕事を続けられるのは農家さんのおかげ。

もっというと、人のおかげですから。

—まずは人と言うことでしょうか?

木村:もちろん。

仕事だけでなく、地域で生活すること自体、人の力を必要としますよね。

そういう意味では、新富町は人に会いやすい町でもあると思います。

あそこに行けば誰とでも会える

—人に会いやすいとは?

木村:人とのつながりというのは名刺交換に始まって、そこから少しずつ距離を近づける場合が多いと思っていました。

しかし、新富町にはこゆ財団という中間支援団体があるので、あそこに行けば地元で会いたい人に会える確率が高い。

宮崎県にはこだわりを持った同業者が多くいます。醤油や味噌など、時間をかけて1つの商品を作っていて、自分たちにしかない背骨みたいなものをみんな持っている印象があります。

そのような人たちと情報交換をしながら、一緒に宮崎を盛り上げていけるような商品開発や販売戦略を立てていけるともっと面白くなるでしょうね。